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エッセイ・コラム

俺オレ詐欺

西川 武彦

 連日のように高齢者対象の俺オレ電話が報じられて騒がしい。
年齢的には立派に対象者である筆者は、寂しく、かつ悲しいが、他方では、数千万円の現金をなぜ家に置いているのかと不思議で仕方ない。当家にはそのような現金はどこを探してもなく、あるのは、十円、五円、一円のコインがぎっしり詰まった空き瓶だけだ。
 俺オレが最初に報じられた頃には、息子と名乗る男から何度かそのような電話を頂戴した記憶があるが、お得意先のリストからはずされたのか、どうやらお身限りのようである。

 「企業OBペンクラブ」の最近の川柳分科会において、82歳の筆者がお題『金』で詠んだのは、「俺オレと せびる金なし 電話なし」と、「財布には お金押しのけ 診察券」の二句だった。
 前者は、あまりにも現実的で寂しいのか、選句から漏れたが、後者は今月の最優秀句に選ばれたから可笑しい。平均年齢が喜寿に近い当クラブでは、五体のどこかが不満足な状態になり、病院・医院へ連日のように足を運ぶ仲間が多い。
 最近ではお釣りの準備とか、治安上の理由だろうか、現金払いよりカードでの支払いを好むところがほとんどだ。スーパーやコンビニもしかり。
 卒サラしたとはいえ、その昔は黄金時代のサラリーマンたちが圧倒的に多い当クラブである。皆さん、状況の変化に合わせるのは得意だ。お札やコインは最低限しか財布に入れていないから、この句が受けたのだろう。

 代わって、最近の問題は、ぎっしりと財布に収まったカードである。頻繁に使うのは、診察券とメインバンクのカードだろうか。期限更新とかで新しいカードが頻繁に送られてくるので、高齢者にはその管理も厄介だ。先日、久し振りにJRで小旅行するので、それ用のカードを取り出したはよいが、有効期限が切れているではないか。あわててカード発行元に電話すると、間違いなく新しいのを数か月前に送ったという。銀行で台帳をチェックすると、新しいカードの発行に伴ういくばくかの手数料が引き落とされていた。どうやら期限切れが近づいた方を残して、新しく送られてきたカードに鋏を入れてしまったようだ。
 この件は、再発行してもらって旅行には間に合ったが、認知症の兆しかと、怪しく心が揺れた。とはいえ、「次は何が起きるのだろうか…」、と興味津々だから、まだ呆けてはいないのかもしれない、とご隠居は呟いている。(完)

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