男の厨房
息子が料理に凝り出した。レシピ検索サイトのおかげで今や「誰でもシェフ」の時代である。
「私だって土日くらいは何もせずにゴロゴロした~い」ぼやく私の一言で始まった「男厨」だ。母をいたわる優しさか、30代半ばにして母親と同居している男の後ろめたさか、はたまた、母亡きあとに備えてか。
男は道具から入りたがる。まずは合羽橋で3万円の包丁を買い込んできた。包丁なんぞ我が家に有り余っているのに。
やるからには献立、買出し、調理、皿洗いまでの一貫作業を請け負わなければ意味がない。料理には総合的な思考力が必要だ。まずは在庫食材を把握し、できるだけそれらを生かした無駄のない献立を考える。レシピを鵜呑みにせず、状況に応じて独自の食材や調理法を取り入れる。栄養価や彩り、主菜と副菜の取り合わせなど全体的なバランスに配慮する。諸事万端なにごとも臨機応変に対処すべし。
最初の数回は鍋や調味料の在処もわからず、副菜ができあがったら主菜が冷めているという手順の悪さ。調理後のキッチンはしっちゃかめっちゃか、皿洗いが終わればシンク周りはびしょびしょという有り様だったが、回を重ねるごとに段取りも味付けも見違えるように良くなった。シブシブではなく、どうやら楽しんでいるようだ。黒酢酢豚、エビチリ、大根餅、麻婆豆腐、よだれ鶏、生春巻き、納豆オムレツ、鯖缶キムチ鍋、カルボナーラ、茄子トマトカレー等々。中華系が多いのは、簡単なわりに見映えが良くて達成感を得られるからだという。
さて、私としてはこのゴロゴロ土日を死守するための秘策を講じている。美味しい時も不味い時も、次回につながるような建設的かつ詳細な食レポで励ます。「料理できる男はモテる説」を強調することも忘れない。
ところが先日、勢い余って「料理をしなくなるとボケる説」をうっかり持ち出してしまった。これは真実だとは思うが、たちまち息子に切り返された。
「じゃあ土日の料理当番を返上しようかなぁ」