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エッセイ・コラム

若奥様の東洋医術

三 春

 ヒトの持つ自然治癒力を総合的に高めることが東洋医術の目的だといわれる。 若い頃から腰痛に悩まされ、数々の整形外科医を渡り歩いて埒が明かず、指圧や鍼灸に頼ってきた。あのころ紹介された鍼灸師は偶然にも小学校時代の同級生の友人だった。鍼灸師一人、ベッド一台のみ、完全予約制、客はジジババばかり、そこにいきなり自分と同じ三〇代の女がやってきて一対一になることに彼は戸惑いと気づまりを感じたそうだ。私としては、同世代ゆえの気安さ、共通の知人の話題、頭の天辺から足の裏まで全身にありったけの鍼を刺しまくるサービス(人体実験?)など多くの利点もあったが、下着姿で対面する二人だけの密室にお互い面映ゆさも感じたので、だいぶ前から足が遠のいていた。

 しかし、昨夏のDIY作業のアクロバティックな姿勢が祟って腰痛がぶり返したうえに、右脚の痛みと痺れが加わってしつこく居座っているので何とかしなくてはならない。でも、あの鍼灸院にまた通う気にはなれない。それに、あれから数十年を経たぶざまな肢体を晒すような事態は絶対に避けなければ!
 そこで、最近急速に広まっているチェーン店に決めた。受付の若い女性が「いらっしゃいませ」と声を張り上げると、治療に当たっているスタッフが一斉に「らっしゃ~い!」。なんだか居酒屋を連想させる。六台のベッドはカーテンで仕切られ、待合室には料理誌やファッション誌が並んでいる。ベッドに案内されて問診が済むと健康保険適用OKとのこと、ありがたい! 先ずはマッサージと電気刺激、次に股関節や鼠径部、臀部などに鍼を十本ほど。鍼がククッと奥に響くあの感触がよみがえる。
 カーテンの向うから治療中の若い女性客の声が聞こえてきた。くだけた調子で「○○ちゃんたらあの店でさぁ……」、「へぇ~、アイツが? ワッハッハ!」と二人して盛り上がっている。ん、どういう関係? どこにどんな治療をしているのだろう。
 二度目の治療日、待合室のチラシに気づいた。産後の骨盤矯正や美顔に効果ありという宣伝だ。なるほど、若い女性客が多いのはこれか! 整体師も鍼灸師もイケメン揃いだし、半個室に半裸で向かい合えばささやかなアバンチュール気分を味わえるというお得要素も動機か。
 私を担当したイケメン君は内心がっかりしていることだろう。

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