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エッセイ・コラム

おわら風の盆-前夜祭

藤原 道夫

「おわら風の盆」は、富山市八尾町で例年9月1日から3日間行われる唄と踊りの祭り。昨年見物に出かけ、古い街並みで行われる情緒深い踊りに魅了された。それにしても大変な人出だ。本番前の11日間開かれる前夜祭は、人出も少なくホール内で唄と踊りを観賞できる、また一つの町内で実際の風の盆を見ることもできる、との情報を現地で得ていたので今年はそちらに行ってみた。
 富山駅前からバスに乗り、凡そ40分で八尾町の中心部に。5時をまわった頃で空は未だ明るく、秋めいたそよ風がわたってくる。街の端に近い曳山会館までぶらぶら歩く。途中「日本の道百選」に入っている諏訪町通に寄ってみた。ゆるい上り坂になっている石畳の道の両側に古そうな家々が軒を連ね、立ち並ぶぼんぼりにもう明かりが灯っていた。町は往時養蚕業などで栄えたとか。

 6時半に曳山会館内のホール(500人ほど収容)で前夜祭が始まった。先ず祭りの映像が映しだされた。月夜のもとぼんぼりの灯る道で三味線や胡弓の伴奏で唄われる越中おわら節、笠を深く被った地方浴衣姿でしなやかな動きをみせる女踊り、笠を被り法被に股引姿で時にダイナミックな動きを見せる男踊りなど、様々な場面が撮られており、風の盆の雰囲気がよく伝わってきた。この町は11に分かれており、それぞれが少しずつ異なった衣装をつけることも知った。
 続いておわら保存会の男性による踊りの解説があった。基本動作を説明した後に「さあ、やってみましょう」と参加者に声をかける。多くの人は少し試みるものの、すぐに諦めた。やがて男性の踊り手が笠を被らずに登場して解説者の指示をうけながら踊りを披露、溜息と喝采が起こる。踊りながら肩から手指の先まで、頭から足の先まで神経が行き届いている。女性の踊り手も現れ、舞台は一段と華やぐ。女踊りの所作も鍛錬されている。
 前夜祭のハイライトは本番さながらのおわら風の盆。舞台の奥向かって左手に小太鼓1、右の方に歌い手5、三味線4、右端に胡弓1の面々が紺系の渋い浴衣姿で並ぶ。囃子に導かれて法被に股引姿、笠を深く被った男性踊り手が登場して舞台をめぐる。法被の背中に「対い鳩」の紋が入り、腰に鱗模様が見える。これにより西新町の踊り手だと分かるそうだ。続いて明るい色合いの地方浴衣姿で女性踊り手が現れ、舞台はクライマックスに。踊り手は草履履きなので足音が出ず、踊りがひときわしなやかに感じられる。
 途中に男女二組による踊りが披露された。男女が微妙に近づいては離れる。深く被った笠が首の動きでかすかに揺れる。顔が隠れているところが心憎い。艶っぽくも品のある踊りだ。
 越中おわら節のなかに次のような詞があるのを知った。

恋のつぶてが 窓打つ霰 あけりゃ身にしむ オワラ 夜半の風
おわら踊りの 笠きてござれ 忍ぶ夜道は オワラ 月明かり

 8時から本番の稽古をかねた踊りが街の端の今町(いままち)で行われるのでそちらに移動。そこだけ人だかりがしていた。踊りの列についてしばらく歩く。道が曲がった先の少し広い所に出たところで踊り手が進むのを止めた。曳山会館の係の方から聞いた輪踊りが始まった。しばらく見物し、後ろ髪引かれる思いで人混みを離れてぼんぼりが立ち並ぶ人気のない通りを急ぎ足で通り抜け、今町のほぼ反対側にある街外れのバス停に向かう。9時過ぎの最終バスに乗っておわらの町を後にした。

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