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エッセイ・コラム

ローカル線普通列車の旅 ⑤ ~ほくほく線・飯山線~

斉藤 征雄

 塩沢から一駅先の六日町でほくほく線に乗る。
 ほくほく線は聞きなれない方が多いかもしれないが、北越急行という第三セクターによる北越北線の略である。私は昔直江津に住んでいたので越後湯沢と直江津を結ぶこの線は馴染みが深い。東京から直江津へ帰るのは、上越新幹線越後湯沢駅で降り、ほくほく線のスーパー特急「はくたか」に乗り換えるのであった。「はくたか」は直江津を通り金沢まで行くから北陸新幹線ができるまで、ほくほく線は北陸地方ヘアクセスする貴重なルートだったのである。そのため、その頃のほくほく線は三セクとしては稀有な儲かる路線として有名だったが、北陸新幹線ができてからはローカル線だけの役割になってしまった。

 それはさておき、ほくほく線は六日町から20分ほどで十日町に着いた。ここで飯山線に乗り換えるのだが、その前に昼食弁当を調達する予定だ。駅の案内でコンビニがあるか聞くと歩いて5分とのこと。時間があまりないので速足で教えられた方角へ向かう。そしてそれぞれが好みの弁当を確保した。私は、いなりと巻きずしの助六。酒は「鶴齢」がある。

 飯山線の長野行は十日町始発である。三両編成の真ん中の車両に乗った(後で車掌から一両目が観光車両であることを教えられ一両目へ移る)。長野まで二時間半、長丁場である。
 飯山線は千曲川に沿って走るが、その特徴の一つはここが日本有数の豪雪地帯ということである。十日町を出てしばらく走ると津南という町があるが津南町宮野原が長野との県境で長野側は栄村の森という。その二つの名前を合わせた森宮野原という駅があって、この駅のホームに「日本最高積雪地点」の標柱が立っていた。昭和20年の豪雪で7.85mの積雪を記録したという。この年はまれにみる豪雪で、上越の高田の街が雪に埋もれ「この下に高田あり」の表札が立てられたという嘘のような本当の話は有名である。
 もう一つ、森宮野原駅は秘境・秋山郷への入り口でもある。平家の落人伝説もある秋山郷は長く隔絶された秘境として閉ざされていたが、鈴木牧之はここを訪れて『秋山紀行』を著して世に紹介した。(『秋山紀行』についても、大月和彦氏が800字文学館で3回に亘って紹介されているので参照されたい)

 列車の窓から見ると、雨で増水した千曲川の流れは結構急流だった。渓谷には狭い田んぼが既に色づき始めていたが、おそらくこの辺りの秋は、そして冬の訪れも早いに違いない。列車はやがて野沢温泉を過ぎ、飯山駅に停車した。飯山は島崎藤村の『破戒』の舞台でもある。飯山線はここから長野まで、まだ1時間もかかる。
 四人は、この旅に来てよかったとしみじみ心に感じながら、静かにコップを傾けた。

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