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エッセイ・コラム

外郎売

浜田 道雄

 歌舞伎十八番に「外郎売」という狂言がある。「ういろう」という丸薬を売る行商人がサラシの手ぬぐいを頭にいなせな姿で、薬のいわれと効能を早口で述べたてる「言い立て」が見どころだ。

 この外郎売が売る丸薬は、相州小田原の外郎家の「透頂香」(とうちんこう)である。この薬は江戸時代にはすでに小田原の名物として知られており、十辺舎一九の「東海道中膝栗毛」にも登場する。
 胃痛、腹痛、眩暈に食中毒からはじまって痰咳、滋養補血に至るまで万病に効く名薬であって、今日でも小田原城の近くで「ういろう」という看板を掲げて売っている。その店構えは城郭を思わせる「八棟造り」という特異なもので、街の名物でもある。

「外郎売」は、江戸中期の歌舞伎役者二代目市川團十郎の作である。彼は持病の咳と痰のためセリフを十分に言えず苦しんでいたが、「透頂香」のおかげで全快した。それで、そのお礼として薬の効能宣伝を狂言に仕立てたという。だが、外郎家はこの薬を行商売りしたことはなく、小田原での店売りだけしかしていない。だから、狂言に登場するいなせな「外郎売」は團十郎のまったくの創作である。
 今日上演される狂言「外郎売」は十二代目團十郎が復活させたものだが、今年七月孫の堀越勸玄がわずか六歳の舞台で、4分にも及ぶこの早口の売り口上を演じきって評判になった。

 今日では、「ういろう」は「透頂香」よりも蒸菓子の名としての方がよく知られている。米粉と砂糖を湯水で練って型に入れ蒸しあげたもので、小田原を訪れる観光客のいい土産物だ。外郎家では、「透頂香」も蒸菓子「ういろう」も、鎌倉時代に中国から来た先祖の陳延祐と二代目宗奇がはじめたものと伝えている。
 だが、「ういろう」あるいはそれに似た名の蒸菓子は、名古屋、京都など日本各地にあってそれぞれの地の名産品であり、それぞれの伝承をもっている。

 先日大学時代の友人と小田原市内を散策した折に、これまで前を通り過ぎるだけだった「ういろう」に立ち寄って、「透頂香」を手に入れた。万病に効くという効能はまだ確かめていないが、仁丹に似た銀色の小さな丸薬はいい香りをしている。 

 さて、この薬が効くかどうかはともかくとして、十二代團十郎の粋な行商人が立て板に水を流すように早口言葉をまくし立てる「言い立て」は見事で、一見の価値がある。YouTubeで検索すれば見ることができるので、お勧めである。もっとも、勸玄くんのものの方が見つけやすいかもしれないが。

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