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エッセイ・コラム

妖怪学

池田 隆

 「妖怪学」は東洋大学を創設した哲学者の井上円了によって唱えられた。彼が対象とした妖怪は一つ目小僧のような娯楽用の化け物ではなく、人々を日常的に怖れさせてきた神々、閻魔、怨霊、物の怪、鬼、天狗、狐、幽霊、火の玉、祟り、夢占、易法といった迷信の類を指す。
 全国各地に残る慣習や行事、書籍を徹底的に調べ、各々の迷信事例の所以を科学や心理学、生理学を駆使して論理的に解明し、分析している。自ら実験を行ったコックリさんの話はその中でも秀逸である。
 十八世紀のフランスの哲学者ヴォルテールは「迷信は世界全体を炎に投げ込む、その炎を消すのが哲学だ」と述べた。西周が紹介した西洋哲学を新たに学んだ円了は、ヴォルテールに共感したのであろう。持ち前の東洋哲学の知識も合わせ、哲学的思考法を庶民レベルにまで広めていく。膨大な著書に加え、講演会は数千回に及んだという。東洋大学の前身である私立学校「哲学館」の創設もその活動の柱であった。なお本年は井上円了没後百年目に当たり、同学で記念講座が盛大に催されている。
 中野区の哲学堂公園は彼の旧居跡である。その中の「四聖堂」には孔子、釈迦、ソクラテス、カントが祀られ、「哲学の庭」にはイエス、老子、ガンジー、達磨、ハムラビ等々、多数の開祖者や思想家の像が立ち並ぶ。初めて訪れたときには宗教と哲学の多彩な混在に、いささか胡散臭く感じたが、今回の記念講座で円了のスケールの大きさと行動力を知り、その誤解を解いた。
 この百数十年間で円了の国民啓蒙活動が発端となり、オーム真理教などの特殊事例は生じたが、大方の国民は妖怪の恐怖から解放され、今では水木しげるの漫画のように遊び半分の対象としている。
 だが未だ、別の種の妖怪が存在する。関西電力大飯原発に巣くった妖怪は先日死ぬまで尻尾を隠していた。現政界の妖怪はモリカケや桜の園で尻尾を出したが、得意の尻尾切りで逃げ延びている。これらの妖怪退治に令和の円了の出現を望みたい。

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