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エッセイ・コラム

STATION

八木 信男

 まずは大阪の北部にある阪急電車の駅での話である。

 日曜日の午後3時頃、その駅に鉄道オタクらしき爺さんが現れる。阪急電車は時刻によって短い車両があり、それを知らずに車両が止まらない後方で並んでいる乗客がいる。爺さんは、駅の外から柵ごしに「次の電車は7両だよ。そこは電車は止まらないよ」とそれらの乗客に声をかけるのだ。そのアドバイスがないと乗客たちはどうなるかというと、自分の目の前を通り過ぎる電車に慌て、電車の最後尾を小走りに追いかけることになるのだ。駅員にはそのような気遣いはなく、駅舎の天井に短い車両の時刻を小さく看板がぶら下げてあるだけだ。

 あの爺さんは誰だろうということは考えたことがなかった。しかし、爺さんが日曜だけでなく、平日にも現れるようになったので気になった。あの爺さんは何者なのか。思いついた一つ目の仮説は、爺さんは阪急の社員だった。おそらく元車掌で、定年後に鉄道とは無関係の仕事に再就職し、鉄道への思いが尋常ではなく地元の駅のことが気になるから日曜になると駅に向かうのだ。二つ目は、若いころは鉄道オタクだったが、鉄道会社に就職できなかった爺さんは、その思いを捨てきれず、鉄道社員になったつもりで余生を送ろうとしている。

 日曜日に3時間も立ったままで、車両が短いことを告げる爺さんは只者ではない。日曜の午後、この駅を初めて利用する乗客たちはお世話になっている。

 次は、北陸本線のある駅にいた赤毛の婆さんの話だ。

 その駅の待合室で夜行列車を待っているのは登山を終えた学生が多かった。下山し、繁華街の飲み屋で時間をつぶし、待合室の椅子に座って夜行を待つのだ。婆さんは、毎夜待合室に現れ、椅子に正座していた。髪は赤毛で、いつしか学生たちの間で赤毛のババアと呼ばれるようになった。婆さんは夜8時ごろに現れ、夜行が出る午前2時になっても電車に乗るわけでもなった。ぶつぶつと独り言を言いながら座っている婆さんに話しかける人は地元の酔っ払った爺さんだけだった。私が大学にいる間、毎年その婆さんを見かけたのだからきっと毎夜現れたのに違いない。それから数年経ち、その婆さんのことなど忘れていたが、富山のマスコミ関係に就職した後輩から赤毛のババアの素性を聞かされた。婆さんはすごい資産家であり、夜な夜な駅の待合室に現れ、夜明けにその家に戻るのだという。嫁姑の関係がうまくいかずこうなったのか、あるいはこの駅の待合室に相当な思い出があって、毎夜訪れているのかよくわからない。しかし、私の世代で登山が趣味だった人たちと話しをすると、この婆さんを見たということで話しが盛り上がるのだからこの婆さんには感謝している。

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