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エッセイ・コラム

島国の英国とヨーロッパ大陸

野瀬 隆平

 記念コインが発行された。英国でのことである。
 2020年1月31日に英国のEUからの離脱が現実のものとなった。それを記念して50ペンス(約72円)の硬貨が発行されたのである。
 特徴的なあの七角形のコインには「平和と繁栄、すべての国々との友好」と刻まれている。

“Peace, prosperity and friendship with all nations”

 “all nations” には、EUに加盟している国々だけでなく、世界中の全ての国、という意味が込められているのであろうか。31日に約300万枚、さらに年内に約700万枚が追加して発行されると報じられている。

 EUに残るのか離脱するかの国民投票が行われたのは、2016年6月23日であった。その結果、大方の予想に反して、52対48というわずかな差で国民は「離脱」を選択したのである。これで英国の将来を大きく左右する方針が決まったのだ。
 英国は1973年に、EUの前身であるEC(欧州共同体)に加盟した。経済面での協力が主たる目的の共同体であるが、大きな戦争を二度も経験した欧州で、再び不幸な戦いが起こらない様にとの願いが込められていたのも事実であろう。
 EC加盟25周年を記念して、英国は1998年にも50ペンスの記念硬貨を発行している。
 当時、加盟していた12か国を象徴して、12の星がデザインされている。ただ、その翌年の1999年に統一通貨であるユーロが導入された時には、英国は自国の通貨であるポンドを捨てず、ユーロの導入には加わらなかった。
 すでにこの時点で、完全にはEUに入り込まないという英国の意志があったことが読み取れる。通貨までもポンドからユーロに変えていたら、国民の判断も離脱には傾いていなかったかも知れない。

 2016年に英国が離脱を決めたのはよいが、離脱の条件について英国内およびEUとの間において混乱を極めたことは我々のよく知るところである。英国民のみならず、条件交渉の矢面に立たされていたEU側の関係者も、英国政府の対応のまずさにうんざりとしていた。
 欧州委員会のユンケル委員長が2019年10月16日に、離脱条件の交渉がEUと英国との間で行われている丁度その時に、ブラッセルにある同じビルの中で、皮肉たっぷりに次のように語った。

私は、英語で意見表明することを余儀なくされている。何故だか
よく解らないが、誰もが「英語」を理解できるからであろう。
しかし「英国」は誰もできない。
I am obliged to express myself in English. I don’t know why.
Because everyone understand “English”, but nobody understand “England”.

 英国だけがただ一人、EU離脱を掲げてドタバタ劇を演じている様を皮肉ったのである。正に、欧州の人たちのみならず、世界の多くの人たちがそのように見ていたに違いない。
 そして、ついに英国はECに加盟して47年目にして、ヨーロッパ大陸から離れることになったのである。UKContinent と呼称されるように、一体として捉えられていたのが、再び「大陸」から離れた「島」」となってしまったと見ることが出来る。

 友人が興味深いことを教えてくれた。それは「島」を意味する英語の “island” と、電気などの絶縁を表わす“insulate”との言葉としての関係である。オックスフォード辞典によると、この “insulate” の語源はラテン語の「島」を意味する “insula”であるという。
 確認してみると、確かに辞書には、
 “insulate: originally meaning to make land into an island”. とある。
 要するに、“land”(陸地、大陸)から“island” (島)になるということは、離れる・隔絶されたものになるという意味であることが、語源的に示されているのである。

 フランスのマクロン大統領が、離脱の当日にEUから去る英国に語りかけた言葉が印象的である。
 「本当に悲しいと思うが、歴史的に見ても英仏海峡は、これまで両国の運命を決して切り離そうとはしなかった。今回のBrexitによっても、決してそうはならないであろう。」
 Macron said he was “deeply sad” but “The channel has never managed to separate our destinies; Brexit will not do so, either.”

 英国が今回発行した記念コインに刻まれている言葉と考え合わせると、少なくとも英仏間の心の絆は、そう簡単には無くならないであろう、いやそのように期待したいものである。

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