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エッセイ・コラム

「オン飲み」が怖い

西川 武彦

 コロナで家に蟄居する日が続いている。卆サラしてからも、毎日が日曜日を嫌い、小遣いの範囲とはいえ、夜は仲間と杯を交わすような生活を続けてきた者には辛い。
 重要な日課で、午前中に一時間かけて新聞を読み漁る。広告・宣伝の類いにも目を走らせるから、週刊誌一冊を読むくらいの量になるかもしれない。
 数日前の東京新聞では、昨今の世情を象徴するような五段抜きの記事が目を引いた。題して『広がる?オン飲みニケーション』。社会の根幹を揺さぶるコロナ禍で、在宅勤務や外出禁止がいつまで続くか分からない状況のなか、同僚や友人と、各自が家飲みしながら、オンラインで語り合う「オン飲み」が増えていると報じていた。

 記事に載った写真では、缶ビールを片手にした女性が、パソコンの画面に映った夫々違う場所にいる七名の仲間と、オンライン飲み会を楽しんでいる。平日午後七時過ぎとか…。
 たばこの煙はないし、料理やお酒の注文などに気を使わないですむ、家庭の事情で夜外出できない人も参加できる等々、メリットがずらりと並べられていた。「なるほど」と思わないわけでもなかったが、一呼吸おいて、ふと疑問が湧いてきた。「こんなのでよいのだろうか?」
 画面には、五感が乏しいのだ。同じ時間に同じ場所にいて、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を分かち合うから飲み会は楽しいのだ。酔いが過ぎて乱痴気騒ぎになる、酔い潰れる者を介護する、自宅に送り届ける、懐勘定を気にしながら飲み食いし、二次会でカラオケを楽しむ、男女が混じれば色恋だって生まれるかもしれない。そういう人間的な味わいが「オン飲み」には欠けているのではなかろうか。
 そういえば、コロナの影響で、小中高校生の孫たちは登校できず、夫々自宅で学んでいるという。SNSなどが有効に活用されているようだ。「オン勉」とでもいえるかもしれない。
 その昔、男子校にいた中高時代、黒板にチョークを走らす先生の背中をパチンコで狙ったなどという事件は起こりそうもない。
 …と綴っているうちに、ちょっと嫌になって筆を置き、テレビを開くと、NHKのBSチャネルで、ヨーロッパの旅の特集が流れていた。場面は北欧のフィンランド、ノルウエー、スウェーデンなどを網羅。看板・広告や電柱・電線がない美しい街並みと自然、老若男女のゆったりした人の集い・群れ等々、何十年か前に訪れた頃とあまり変わっていない景観が続き、懐かしかった。自分が旅人としてそこにいるような感じがしないでもない。こういうのは「オン旅」とでもいうのかもしれないと、手持無沙汰なご隠居はつぶやいている。

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