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エッセイ・コラム

空中窒素の固定

稲宮 健一

 五月十七日付、日経に低温で空中窒素の固定が可能との画期的な開発の記事が載った。東工大の原教授のホームページにこの研究が丁寧に説明されていた。
 空中窒素の固定が重要であることは中学の理科の時間に習った。欧州は温暖なアジアと異なり寒冷なので、農業の生産性は厳しい。これを救ったのは新大陸の発見であり、そこから輸送したペルーのグアノや、チリ硝石は窒素肥料として農業の増産に寄与した。これを手元でできないか。原子同士が固く結合した大気中の窒素分子から原子を分離して窒化化合物の獲得は至難の業で、この壁を乗り越えたのが一九〇五年にフリッツ・ハーバーのアンモニアの化学合成であった。窒素と水素を活性化させるため高温(約三〇〇度)と高圧(約二〇〇気圧)に及ぶ膨大なエネルギーを注ぎ込み、独自な触媒を使って遂に反応を達成した。人類初の人造合成の肥料が手に入った。その結果、産業の発展に伴う人口爆発を食料で支えられた。因みに現在我々の食料の基に自然界の循環で得られた肥料とほほ同じ量の工業製品による肥料が使われている。
 原教授の説明で結合の固い窒素分子に今回開発した独自の化合物の触媒が仲介者となり、反応しやすい電子の流れを作り、常温で窒素と水素と反応させアンモニア合成ができた。従来のような活性化のために大量のネルギーを使わずに化学肥料が手に入る。

 もう一つの食料獲得の基本的な原理に光合成がある。植物の葉が太陽光を受けて大気中の炭酸ガスを吸収してブドウ糖を作る。このメカニズムの解明を世界中で取り組んでいる。岡山大学の沈教授がこの機能を担うタンパク質の分子構造の解明に世界のトップを走っている。他に光触媒を通じた方法も進んでいる。

 生き続けられること、そしてそのため自然界をなるべく損なわない生き方が年々求められる。低温での空中窒素の固定、実現できれば人工光合成は世界中の化石燃料の確保競走から生ずる争いを少しでも鎮めることに役立つと考える。

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