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エッセイ・コラム

コロナ呆け ~隠居のつぶやき

西川 武彦

 コロナさんに幽閉され、すべての会合が取り止めとなって久しい。パソコン画面を眺めながらのZOOM会議で代替えされたものはあるが、やはり会議・会合などは五感のどれかが欠けると寂しいものになるようだ。
 そのような状況の中、血圧を調整する薬がなくなって、やむなく掛かりつけの医院に足を運んだ。徒歩十五分の距離にあり、いつもなら良い散歩がわりになるのだが、今回はマスクのせいか身体がなんとなく重い。運動不足もあって、しばらくは歩くリズムが崩れて頼りない。
 なんとか医院に辿り着き、受付で診察券などを求められる。マスクをつけての応対は、声がこもって聴きにくい。しばらく待って医師の診断となったが、これまたマスクで声がくぐもり一苦労。先方は何ら支障を覚えないようなので、こちらの聴力が衰えているのだ。
 それが終われば、受付で勘定を済ませ、隣接した薬局で二か月分の内服薬を受け取る。ここでもマスクを着けての対応は聞き取りにくい。それを理由に、カウンターを挟んで女性に顔を近づける。

 待ち時間を入れて二か所で三十分ほどの所用を済ませて家路に向かう頃、平均寿命をこえた後期高齢者は、既に疲れてなにかと頼りない。歩きながら、家の鍵があるのを確認すべくポケットを探ると、これがないではないか。パニックを起こす。
 あわてて携帯で家にいるはずの老妻のそれに電話するが、「ただいま自動車運転中で、電話に出られません」との切ないメッセージ。昼まで二時間はある。シモキタの駅のコーヒーショップで時間をつぶそうと向かえば、そこは若者で「蜜」なので足が竦んだ。
 仕方ない。重い脚を引きずりつつ、今一度ポケットを探ると、なんと鍵があるではないか。さきほどは、なぜか車の鍵を探っていたようだ。とうとうコロナのせいで呆けたのかも…。暗澹たる気分で、よろめきながら家に戻ると、車庫にはマイカーが眠っていた。老妻は在宅なのである。
 こんなことで血圧が上がっては情けない。怒りを抑えながら、玄関の鍵を開けて食堂を覗くと、婆様は、ラジオから流れる音楽に合わせて、鼻歌を歌いながらアイロン作業に励んでいた。見れば、彼女の携帯はすぐ隣りのテーブルに置いてあるではないか…。
 なにかと大変な歳になったものだと、血圧の薬を胸に抱えながら、ご隠居は呟いている。(完)

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