持続可能な社会を目指す・・・足るを知る精神の教えるもの
①章 考察の背景
「持続可能な社会」とは
「現代の世代は、将来世代の利益や要求を損なわない範囲内で自然環境・資源を利用し、開発を推進していこう」という理念である。
国連人間環境(ストックホルム)会議(1972)、ローマクラブ「成長の限界」(1972)より使われ出し、国連地球サミット「環境と発展のためのリオ宣言」(1992)、「限界を超えて」(1992)にて、より明確、具体的となる。
物理的には次の3条件を満たす必要がある。
- 再生可能な資源の消費は、再生ペースを上回らない。
- 再生不能な資源の消費は、代替する再生可能資源の開発ペースを上回らない。
- 汚染の排出量は環境の吸収能力を上回らない。
概念として、「循環社会」、「低エントロピー社会」、「ゼロ・エミッション社会」と近いが、これらの語句は社会が目指すべき理想郷を示し、厳密には自然法則である熱力学第二法則に則り達成不可能である。その事を念頭に、通常は理想状態に最大限近づけるような行為をする社会を指す。 対して、「持続可能な社会」はより現実的な社会の表現といえる。これには、さらに、次の要件が含まれる。
- 個人の生活程度(ひとり当りの消費)が著しく低下しない。
- 社会の人口が極端に減少しない。
なお、「持続可能な社会」では量的成長は困難になるが、質的向上を目指す。
②章 今後40年のグローバル予測
日本の将来を考えるに当って世界全体の動きを予測する要がある。
ここでは、主として巻末に示す参考文献2による予測を紹介にする。
<ラングースの予測>
彼の予測法は、都市化、保健、出生率、平均余命、人口、労働力、エネルギー使用量、CO2排出量、気候変動、環境投資、耕地面積、個人消費、所得格差、社会緊張、軍事費、労働生産性、GDP などのマクロ的な社会・経済因子を定量化し、それら相互間の関係を多変数微分関数で表し、各因子の時間的変化を表計算ソフトで求めるダイナミック・シミューションである。
世界を大きく、米国、中国、米国以外のOECD、BRISE、その他の国々 の5グループに分け、分析する。代表的な結果を別図に示すが、以下の諸点がとくに注目に値する。
- 都市化が進み、出生率が低下し、世界の人口は2040年直後にピーク(81億人)となり、その後は減少する。
- 経済の成熟、社会不安、異常気象で、生産性の伸びが鈍化する。
- 一次、二次産業や軍隊のロボット化、自動化が進み、労働は三次産業中心に移行する。
- 人口増加と生産性向上の鈍化から、GDPは従来の諸予想より低成長となる。
- 資源枯渇、環境汚染、気候変動などの対策や生態系維持の環境投資が増え、一般の消費は2045年をピークに減少に転じる。
- 資源と気候は2052年までは壊滅的な問題を起こさないが、21世紀後半には歯止めの利かない気候変動が訪れる。
- 資本主義と民主主義の短期志向のため、長期的施策の合意がなかなか得られず、手遅れとなる。
- 以上の結果は世界全体の傾向であるが、5グループによって大きく異なる。
- 米国は敗者、中国が勝者、BRISEはまずまず、その他は依然として貧困、日本を含む米国以外のOECDは現状維持の状態。
- 日本は「グロークライン」の先進国となる。すなわち、一人当りの所得はグロース(成長)だが、国のGDPはデクライン(衰退)となる。
- 今後のエネルギー比率は、原子力が漸減し、再生可能エネルギーが急増する。それでも2050年時点で全体の38%に止まる。石油は2020年代に入ると減少に転じる。石炭と天然ガスが2030年代までは伸び続けるが、それ以降は減少し始める。
<コメント>
大筋で妥当な結果に思えるが、水素サイクル技術や新規の中間技術製品の登場、消費意識の変化などで、事態の好転も考えられる。
その反面、日本では既得権益を守ろうとする政治・経済社会の旧勢力の抵抗が非常に頑強で合理的な施策が遅れ、より事態の悪化を招きそうな予感も覚える。
宗教、教育、政治思想、人種差別、ナショナリズム、労働モチベーションなどの要素をいかに予測に取り入れたかが、ここでは不明確である。
20世紀に著しく発展した大型システム技術製品(原子力、宇宙航空など)や大量生産製品(自動車など)に替り、21世紀では生命や情報を扱う多種少量生産の中小型製品が中心になる。そのことから、資本の集中(投資)や利益追求の必要性が薄まり、資本主義の変質(NPO、ボランティア活動など)が予想以上に進展するのではないか。
③章 経済成長至上主義からの脱却(知足経済)
現代経済学の問題点
18世紀の英国では他国にさきがけ、いち早く産業革命がおこり、大量生産の能力を高めたが、未だ国民の大多数は物質的に貧しく、貿易による富も政府と結着した大商人に独占されていた。しかし国外にはその生産能力を生かす資源や市場は無尽蔵に存在した。かかる条件の下で誕生したのが自由競争を原理とする資本主義である。
しかし、前提とした無尽蔵な資源と市場が頭打ちとなる。工業化による地球環境への影響も深刻化する。また日本などの先進国では国民全体の富への欲望は変貌し、労働活力としてのインセンティブを失い始めている。
資本主義の祖と言われるアダムスミスや日本資本主義の父である渋沢栄一は、個人の自由競争や株式会社による資本の集中に際しては、社会的規範や道義を大前提とした。ところが、実際の経済活動においては、かかる制約はしばしば無視されていく。その結果、次のような弊害が発生してきた。
- 資源と市場獲得のための戦争。植民地化とその延長としての覇権争い。
- 精神性の劣化(利己的、打算的、短期的、狭い視野)と物質的価値観の増大(拝金主義、無理な数量化、必要以上の消費、経済成長至上主義)
- 効率とコスト重視のために、分業と大量生産、巨大技術、過度の都市化、生産者目線の判断
- 環境悪化、廃棄物処理、地域性消滅
- 投機など、非付加価値活動の増大
- 所得、資産の同世代格差、世代間格差の増大
- 景気変動の波による生活の不安定化
知足経済の理念
この問題をいち早く感知したシューマッハは著書「スモール イズ ビューティフル」のなかで「仏教経済学」と題する一節を設け、古代から引継がれてきた東洋思想にヒントを得た経済理念(知足経済)を提唱した。その特色を要約すると、
- 自然・環境と人間の平等、共生(地球環境の保全)
- 物質文明の限界に着目(近代工業文明の破綻、限界)
- 足るを知ること(節約、感謝、思いやり、簡素)
- 私的利益第一主義の是正(自利利他)
- 非市場的、非貨幣的価値の尊重(いのち、ゆとり、働きがい、生きがい、希望)
今後の長期的な日本経済の予測動向と特殊性
知足経済へのパラダイムシフトの必要性が唱えられて久しいが、資本主義に替わる具体的な経済理論や方策はいまだ世に生まれていない。したがって、その理念を十分に勘案しながら、現行の資本主義をベースに経済活動を進めざるを得ない。②章での予測もその前提に立っている。
日本経済はグループ「米国を除くOECD」の一国として、大勢としては②章に述べたような推移を辿るであろう。すなわち2052年頃までは平均して現状とあまり違わない社会が持続する。しかし、21世紀後半については不透明である。
しかし、同グループのなかでも国ごとに事情が異なる。日本については、以下のような特異性を考えておく要がある。
- 現在の日本は軍事的に米国からの半独立国で、経済施策もしばしば制約される。米国・中国二大勢力の間でいかなる政治的スタンスをとるかで経済もかなり違ってくることに注意が必要である。
- 日本の人口減少傾向はすでに始まっており、同グループの平均よりも全体の推移が早まるであろう。とくに世代間格差が激しくなる。
- 日本では、既得権益を有する政治家、経済界などの改革に反対する抵抗勢力の力が他のOECD諸国よりも強い。国民の教育程度は高いが、その意識に米国流の考えがかなり浸透している。
- 20世紀後半に一気に世界第二位の経済大国に成長させた高い技術レベルと成功体験をもつ。一方、その間に農業自給率が非常に低下した。
- 地勢的には列島国家で隔離性が高く、高い森林比率と広い領海をもつ。気候は温暖で普段は暮らし易いが、地震津波などの大自然災害に見舞われるリスクが大きい。
- 歴史的に日本は江戸時代に、他の諸国に類を見ない250年間の平和と循環社会を持続した貴重な経験をもつ。
日本を持続可能な社会にするための施策
②章の予測を実現するための施策、あるいは予測よりさらに好転させる施策を以下に列挙する。なお、ここで再生可能エネルギー比率の増加と省エネルギーの推進が大きな鍵となるが、その施策については節を改め、④章で述べる。なお。青字の箇所は江戸期の経験を勘案した施策を示す。
<全般>
- 将来予測には不透明な点が多く、計画や戦略よりも柔軟に環境変化に対応できる社会体制作りが重要
- 経済活動の質的向上を適切に表す指標の考案
- 社会的コストが高い自動車社会からの脱却、たとえば、アクティブ・ウエア普及
<経済施策>
- 貿易立国から国内産業中心(最小限の資源輸入と高品質製品の輸出)への移行
- 企業規模の拡大より製品の高付加価値化に注力(京都老舗商法)
- 大企業の横暴抑制、大店舗進出の制約強化 → 個人経営、中小企業が主役の経済(ダウンサイジング)へ
- 短期的な投機の抑制、適正為替レートの設定(貿易収支ゼロ目標)
- 流動資産税の創設による世代間格差の是正
- 高率の環境税、高い累進課税、扶養者控除の拡大
- 「租庸調」税制 → 租=税金、庸=用役、調=物納
<社会施策>
- 新しい世帯制度(世帯の継承者の権利と義務、恩典)
- 土地所有権の権限縮小、景観や山林田畑の保護についての所有者義務
- 公有地拡大
- 大都市一極集中から多数の中核都市へ、地域の多様化推進(地方分権)
- ワークシェアリング(労働時間の制限)による失業率改善
- 労務形態の多様化(半日勤務、在宅勤務、半農半X生活など)
- 防衛自衛官の屯田兵化、郷士化による農村人口確保
- NPO、ボランティア活動の奨励と公的援助増加
- 地産地消の奨励
- 各地の寺社を国民の道義向上、心理ケアの拠点として活用
<技術施策>
- 巨大システム技術より中規模・高等技術(バイオ、精密機器)に注力
- 高性能防衛機器の自主開発
- 防衛戦闘行為と農作業行為のロボット化・機械化
<政治行政体制改革>
- 公務員に民間人を有期で大幅徴用
- 政治家資格試験と新しい議員選出制度(選挙と籤の併用、×投票など)
- 各政治家の具体的・客観的政治行動履歴の公表、高級官僚や専門委員会委員の活動内容の公表と、結果による表彰と処罰
- 民間人の公的貢献(寄付、ボランティア活動、献身的活動)に対する大々的表彰、現在の政治家・官僚・大学教授中心の表彰制度の廃止
- 全法律の期限立法化、全政府系外郭団体の期限義務化
- 恒久的な国家情報戦略機関の設置
- 緊急時の首相権限の強化
④章 日本のあるべきエネルギー施策
供給側のエネルギー施策
- 原発の廃止
- 非再生エネルギー(化石燃料)の利用
- 再生可能(自然)エネルギーの利用拡大
- エネルギー貯蔵
- コジェネレーションの活用
- 電力供給の大まかな分担
- 発送電分離と電力自由化、電力系統の統一
使用側の省エネ施策
- 省エネ意識の向上
- 電気使用機器の省エネと代替技術
- リサイクルによる省資源
- 省エネ社会政策
主な参考文献
- クリストファー・ロイド「137億年の物語」(文芸春秋 2012)
- ヨルゲン・ランダース「2052 今後40年のグローバル予測」(日経BP 2013)
- シューマッハ「スモール イズ ビューティフル」(講談社学術文庫1973)
- 安原和雄「足るを知る経済」(毎日新聞 2000)
- 大島堅一「再生可能エネルギーの政治経済学」(東洋新聞 2011)
- 森谷正規「21世紀の技術と社会」(朝日選書 1999)
- 佐伯啓思「アダムスミスの誤算」(PHP新書 1999)ほか
- 梅棹忠夫「近代世界における日本文明」(中央公論 2000)
- 村田光平「新しい文明の提唱」(文芸社 2000)
- 村田良平「何処へ行くのか、この国は」(ミネルヴァ 2010)