作品の閲覧

サロン21

(広井良典 著) 『ポスト資本主義』より

平成27年11月17日
担当 野瀬隆平

 人間の長い歴史を人口・経済発展から見て、成長・拡大成熟・定常化のサイクルと捉える。定常化から次のサイクルに入る時に、それまでには存在しなかった、新たな「観念」ないし「思想」、あるいは「価値」が生まれた。何らかの行きづまりから生じた「特異点」として認識される。「心のビッグバン、精神革命、枢軸時代」と呼ばれる。(壁画、宗教、文化的創造の時代)

 今日は、まさに資本主義の時代が、成熟・定常化し、その終わりの段階、特異点に差し掛かっている。ポスト資本主義、いわば新しい思想・観念が求められる第四の拡大・成長の時と言える。現在の矛盾した状態を放置したままでは、諸問題の解決にはならない。
 ヨーロッパの一部で実現されつつあるような「緑の福祉国家」あるいは「持続可能な福祉社会」に移行すべき時であり、従来のシステムとの「せめぎ合い」、あるいは次の社会に移行する「分岐点」に立っている、と捉える。
①狩猟採取 → ②農耕 → ③資本主義、への移行サイクルは、エネルギーの利用形態(自然の搾取の度合い)の変遷と見ることが出来る。
自然の中から栄養分を自ら作れるのは「植物」のみ。③は化石燃料による自然からの収奪である。次があるとすれば「光合成」か。

「資本主義」の意味・定義

 ローマ教会が金利(利子)を付けることを認めたことに始まる。
 常に拡大と成長を志向する。貨幣(資本)が無限に拡大することを目指す。
 公正で高い透明性の競争を前提とする市場経済とは異なる。むしろ反市場の場であり、集中と独占化の原理が働く。
 質素倹約といった個人のレベルの「美徳」は社会の利益にはつながらない。逆にこれまで悪とされてきた放蕩や貪欲といった私利の追及の行為が、結果的に国家の繁栄につながり、経済的な富を生み出す。ここに、資本主義の精神が凝縮されていると言ってよい。

「欠乏による貧困」から「過剰による貧困」へ

 生産性が上がれば上がるほど失業が増える。純粋資本主義社会ほど、ジニ係数が大きいことが、国際比較から明らかである。
 労働生産性の向上 → 生産過剰 →失業 → 貧困 
 我々は以前のように汗水たらして働かなくてもよい「楽園」の状態に近づきつつあるが、困ったことにここでは「成果のための給与が誰にも支払われないことになり、社会的な地獄状態すなわち現金収入ゼロ、慢性的な高い失業率となってしまう。 「楽園のパラドックス」(ローマクラブ1997年)
 需要が成熟・飽和し、他方では地球資源の有限性が顕在化し、パイの総量の拡大が見込めない状況にある。拡大期と同じ行動を続ければ、互いに首を絞めあうことになる。

解決策は二つ
  1. 過剰の抑制
    「時間政策」(ドイツの例)。「生涯労働時間口座」(超過勤務の時間を貯蓄して後で使う)。オランダでも同様の制度。(→ 人口減少をどう考えるか)
    「時間環境政策」
    これまで、「ビジネス」(忙しさ)とは、エネルギーを使って時間を短縮することだった。経済指標のほとんどが、「単位時間当たりの」量で測られている。
    しかし、人々の消費や志向はむしろ、分母である「時間」に向かっている。「時間の消費」が本質的な意味を持ってくる。


    「労働生産性」から「環境効率性」へ生産性の概念を再考する要あり。
    人を積極的に使い、自然資源の消費や環境負荷を抑える方向性が重要だ。
    この転換は、自然には進みにくいので、公共政策が必要である。
    エコロジー税制(ドイツの例)。環境負荷税で得られた財源を社会保障にあて、社会保険料を下げて失業率の低下をさせる。
    人々の関心はサービスや人との関係性(ケアなど)にシフトし「労働集約的」な領域が経済の前面に出る。北欧諸国など、福祉・教育の分野に多くの資源を配分している国では、概して経済のパーフォーマンスーパーが高い。
  2. 再分配の強化
    分配のありよう。社会的公平さを追求すべし。社会保障政策には、
    事前的(雇用)、 中間的(社会保険)、 事後的(生活保護)なものがある。
    本来、事前的なことが先ず行われるべきところ、資本主義の進化の過程ではその逆の順で整備されてきた。いわば資本主義のシステムの末端部分から、より根幹的な部分へと進んでいった。
    資本主義は生き残るために、そのシステムを順次「社会化」すること、すなわち社会主義的な要素を導入することが必要となってきた。
    (資本主義社会のパラドックス)
格差の拡大

年金の報酬比例部分によって、高い所得の者ほど高い年金が貰える。(逆進性)相続税のほか、年金に課税してそれを若い世代に分配する、言い換えれば人生前半の社会保障に充てる政策が必要である。
ピケティの言うように、資本(資産)からの所得が大きいのだ。

経済社会システムの進化と「富の源泉」およびそれに見合った税制
社会形態 富の源泉 税制
前産業化社会 土地 地租
産業化社会/前期 労働・所得 所得税・法人税
産業化社会/後期 消費 消費税  (消費社会)
ポスト工業化社会 資産・相続 相続税・資産税
~定常化社会 自然資源消費・環境負荷 環境税(土地課税)

本書でのその他の論点・指摘点(詳細は省略)

  1. コミュニティー経済の重要性
    持続可能な福祉社会。家族や集団を越えた分かち合い。
  2. ポスト資本主義の倫理
    渋沢栄一が『論語と算盤』で述べている事や、 近江商人の「三方よし」の考え方、いわばプレ資本主義的な行動規範が、ポスト資本主義の倫理と合致するところがある。

尚、本書では十分論じられなかったが、検討すべき論点として、著者は「貨幣」の問題を挙げている。利子を生まない貨幣(マイナス利子の貨幣)、地域貨幣など。

作品の閲覧