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サロン21

最近の景気循環の変貌と経済発展・衰退段階論との接点

山縣 正靖

当方は、経済予測を特に景気循環を重視して行っているが、最近注目しているのは日本および米国の景気循環のパターンが従来とは異なってきた、変貌したのではないかということである。

 日本も米国も、世界各国の中では景気回復が先行しており、リーマンショック後にストック調整が進んで需給関係が改善し、需給関係の有力な指標である稼働率が均衡水準(日本は100%、米国は78%)に達している。
(均衡水準:景気回復で設備投資が増え始める稼働率、景気下降で設備投資が減り始める稼働率、これは需給関係が均衡している水準である。)
 ところがその後の成長が低く稼働率は均衡水準のまま横這いないし下降気味で推移している。 原因は①企業が海外投資を優先し、国内の設備投資の増勢が低い②中国が大不況に陥り超安値の輸出を強行し両国の企業は設備投資を手控えている、ためと思われる。
 また、当方が作成した景気循環予測モデルに最近の低い設備投資の増勢をインプットすると、稼働率が均衡水準のまま横這いで推移するパターンが再現される。(景気循環予測モデルによる2015~2017年の経済予測 HP business-cycle.jp ご参照)

 従来の循環では、稼働率が均衡点を超えて需要過剰状態になると、設備投資が順調に増加して、稼働率も上昇するパターンであった。従来の景気循環は景気循環学会会誌2015年 11月号 池田副会長論文に詳しい解説があるが、従来の循環の期間は長短あるものの、いずれも景気上昇局面での高成長と稼働率の上昇が明瞭に出現していた。

ハロッド.ドーマーの均衡成長経路

 最近の変貌したパターンは、篠原三代平先生が景気循環論の中で解説されている、ハロッド.ドーマーモデルで提唱された均衡成長経路に類似しているようだ。篠原先生は、この均衡成長経路は設備投資の増勢が低調になると出現する「供給過剰でもない、需要過剰でもない」成長で、一見理想的とも見えるが、実際には低成長かつ外部ショックが加わると即 供給過剰状態に陥り、企業の設備投資抑制を招きかねない不安定、弱い経済であることを示唆されている。(経済学入門(上) 日経文庫)
 企業が更に設備投資を抑制するケースを景気循環予測モデルを使ってシミュレーションすると、マイナス成長かつ慢性的な供給過剰となり、さらに設備投資が抑制されかねない悪循環が見えてくる。

経済発展.衰退段階論との接点

 以上 注目される低成長、弱い経済は篠原先生が経済学入門(下)で指摘されている経済大国盛衰過程の中の衰退段階を想起させるものである。
 篠原先生は赤松要教授の「産業発展の雁行形態」、MIT R.バーノンのプロダクト.サイクル仮説」を推し進めて、恐らくは英国病、米国病の観察も加えて、経済大国の盛衰過程を以下のように定式化されている。

  1. ①新興国からスタート
  2. ②先進国から技術、資本を導入して、安い労働力に結び付け、自国で価格競争力のある大量生産体制を構築する。
    産業も生活雑貨、繊維からスタートして鉄鋼、造船、機械、電機、半導体へと高度化していく。
  3. ③絶頂期 これらの価格競争力の優位により国内成長、輸出は絶頂期に達し、さらに企業は海外投資を増加させる。(パックスブリタニカ、パックスアメリカーナ)
  4. ④この段階になると、今度は近隣の別の新興国が技術、資本の移転を受けて急速に価格競争力を獲得して、新たな競争国となって攻勢を掛けてくる。企業は価格競争力を得られる海外への設備投資を増加させる。
  5. ⑤衰退段階 前兆期
    企業が海外投資を優先し、国内投資を抑制すると、マクロの設備投資の増勢が鈍るので、国内経済は低成長に陥る。(均衡成長経路の出現)
    国内投資を抑制すると国内設備の陳腐化がすすみ、価格競争力が更に劣後する。
    国内の製造現場が不活発になると肝心の商品開発力も落ちてくる。そこへ かつて近隣新興国に輸出、移転した技術が新たな強力な競争相手となって挑んでくる。ブーメラン効果である。
  6. ⑥なおこの過程に敢えて加えると、③絶頂期に国内市場が供給過剰になり、海外市場の獲得(強奪)を目指して軍国.帝国主義国家に変身する場合がある。かってのナチスドイツ、旧大日本帝国の例であるが、現在の中国もこの途をたどるのか、世界が注視しているところである。

⑤の衰退段階 前兆期はかっての英国病、米国病を思わせるものであるが、日本も放っておくとこうなるよとの警告とも読み取れる。
これに対し英国は鉄の女 サッチャー夫人が弱腰の企業に喝を入れ、米国では破綻したビッグスリーを一時国有化して再生を促し、対日要求をつきつけるなど再生政策を強行しているうちにIT産業が花開き、シェールガスが噴出した。両国とも再生戦略を断行したのである。

再生戦略の模索

 今 日本は現在の苦境(日本病?)から脱出し再生する戦略を模索している。早々と打ち出された新三本の矢はどの項目も重要であるが、それらを実現するためにも篠原先生が定式化された日本衰退化の根本原因を直視して、それらに打ち克つ戦略を打ち出すことが望まれる。

  1. (1)そもそもの原因は価格競争に敗れて国内設備投資が増えないことである。これに対しては、価格競争力の奪回を目指す設備投資を増やす。企業の投資環境を整える。
  2. (2)国内の製造現場に元気がなく、製品開発力まで劣後し始めている。これに対しては改めて製品開発をしやすい環境をととのえ、技術開発投資、設備投資を増強する。
  3. (3)国内に残って苦闘している中小企業、高齢化産業を再生する戦略、合理化投資を推し進める。ファイナンス、販売経路も援助する。
  4. (4)これらの挑戦はライバル国の技術を追い抜くのであるから並大抵のものではない。生産技術研究所、理化学研究所、各大学の工学部は是非参加して頂きたいし、科学技術予算もこの分野に集中するべきであろう。技術立国とはこの挑戦に尽きるのではないか。

この辺りの政策論になると多くの識者の議論を呼ぶことになるが、これこそ経済学のレーゾンデートルであり、良き結論に結実することを願うものである。なお、景気循環が変貌すると景気循環論は不要、無くなるのか?そうではない。日本の再生戦略が成功して国内設備投資が増えれば、従来パターンの景気循環は復活する。また中国、新興国の景気循環、大不況は日本に重大な影響をもたらし、何時これらの国が不況から脱出できるかは経済予測の関心事である。

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