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サロン21

「明治維新・近代化は江戸時代に始まる」

〔1〕11月は、浅井壮一郎さんに掲題の後編として、江戸時代の初期から始まっていた日本の近代化に付き経済面を中心に詳しくご説明いただきました。
江戸時代は暗黒であったとする従来の歴史観とは違う、御自身の研究にもとづく、下記などの歴史観を御披露いただきました。
江戸時代には大幅な経済的自由が存在し、士分ではない商人も、淀屋辰五郎などの大金持ちが出現し、豪快に遊興し人生を謳歌していた。
元禄時代には先駆的な貨幣観を持って経済成長を後押しした萩原重秀のような開明的な勘定奉行も起用されていた。
一方、幕末の薩英戦争、馬関戦争は日本側の一方的敗戦との見方が支配的だったが、戦死者数などを子細に見ると、むしろ五分以上の戦いを日本側はしていた。当時、既に多くの日本人が物理学の基本を理解し、精巧な青銅砲を作っていた。
明治維新に際しては、西洋流の近代化を受け入れる準備がつとに整っていた。

〔2〕引き続き、出席者4名による討論に入り、以下のような意見が出された。

  • 戦争は歴史の中でも重要な要素である。しかし、日本では戦争を教えず、触れず、ひたすら平和主義を唱えている。戦争は降伏という悲惨な結果を招くこともあり、戦争を直視すべきである。
  • 戦争とは相手の戦意を砕くことにあるが、総じて日本の戦意は高かった。

  • 参勤交代は各藩の予算の三分の二に及んだといわれる。江戸や沿道の消費を喚起し、殖産を促し、各地の文化交流にも役立った。
  • 淀屋も紀国屋文左衛門も稼いだ金で桁違いに豪勢な遊興を楽しんだ。

  • 徳川吉宗の時代が、日本の産業革命期と云える。上質の生糸の生産など各種の近代産業が勃興した。
  • 同時代から米相場が発達するが、酒や味噌の生産を制御することで、米相場の安定を図る知恵もあった。
  • 西洋では市民が、契約の自由と私有財産の保護を巡って権力と抗争したが、日本では、江戸時代には既にこうした権利は確立していた。
  • 飢饉も役立つたこともある。東北の農民が飢饉により蝦夷に逃れ、ニシン漁が起き、魚粉が肥料になり、お陰で手のすいた農民がさまざまな新商品に挑戦できた。

  • 江戸時代には訴訟が非常に多かったが、これは公正な訴訟が行われたことの証でもある。各藩は、領民との間に騒乱が起きれば、お取りつぶしとなるために、訴訟には真摯に対応した。
  • 農村では、村長を回り持ちで決めるなどし、大事なことは合議制だった。
  • 江戸幕府も又、基本は合議制だった。
  • 幕府にも藩にも、天下万民の為という理念が施政の根本にあった。

  • しかし、清や朝鮮では人民は犬同様の扱いで、人命は軽視されていた。
  • アヘン戦争は英国による極悪非道の戦争だが、清の腐敗も酷かった。清国内では、アヘンの弛禁論と厳禁論が対立したが、どちらも人民の幸せや命を全く無視するものだった。

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